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迷妄










触れたい。けれど触れられない。
そんなことは出会った瞬間実感した。
声は確かに届いた。返事をしてくれた。
だが手は彼女の向こうへ突き抜けた。



その意味するところは、死と生。




分かっているのだ、そんなことは。
いや、当に分かっていた。
それでも”触れたい”と―――、この魂の訴えが、消えて無くなる事は無い。




人間の欲求はあくなきものだ、と常々思い知らされる。
顔を見たい、声を聞きたい、笑って欲しい、名前を呼んで欲しい、
そうして次から次と押し寄せてくる魂の叫びは、遠からず”触れたい”、へと辿り着く。



彼女が触る扉に触ることはできる。
彼女が踏む床を踏むこともできる。
彼女が座るソファーにも座れる。





なのに








「――――――――不公平だ」
何が、と口に出しはしなかったが。
その一節だけを口にする。




別に扉に触れなくていい。(以前管理人室の扉をぶち壊してやろうとしてひめのんに止められた。)
別に床を踏めなくてもいい。(以前明神と大喧嘩をし、床をへこませてひめのんにお叱りを受けた。)
別にソファーに座れなくたっていい。
(以前夜遅くまで話していてソファーに凭れたまま寝てしまったひめのんを
ソファーごと部屋に運ぼうとして黄ザルに発見され絶叫された)










――――――――触れられさえすれば。







「どうかしたの、ガクリン」

居間の同じソファーに腰掛けていたひめのんが心配そうに俺の顔を斜め下から覗き込む。
さっきまで談笑していたのに俺が急に黙りこくり、その上つい今し方の余計な一言を発した性で心配をかけてしまったらしい。
ああ、自分で自分に腹が立つ。
ひめのんに何心配かけさせてやがる、俺。



「―――――何でもないよ、ひめのん」
心配をこれ以上かけさせないように、笑顔を作る。


「――そっか、なら良かった。」

一瞬訝しげな表情を見せたひめのんだったが、笑顔に戻ってくれた。
――――よかった。






何も知らない人間から見たらさぞかし滑稽な事だろう。
女子高生が誰もいないはずの隣の席へ、やや見上げるような角度で話しかけているのだ。
うたかた壮だからそんな人間―――そもそも生きている住人が二人しかいないのだが―――は、居はしないのだが。


それでも、彼女は自分のことを心配してくれる。
見てくれる。
話しかけてくれる。
それで十分ではないか。

当に自分は死んでいる、そう思い知らされることは幾度と無くあっても。

これ以上望んで、今また口を滑らせ、ひめのんを困らせたらどうする。
あまつさえ泣かせでもしたら―――怒りのあまり自分で自分を叩き殺すかもしれない、きっと。




「ひめのん、話の続きをしようか。」






このままで十分、ここまでで十分。自分の魂にそう言い聞かせ、今日も会話で満足する。
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八夜(はちや)
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このブログは二次創作サイトに限りリンクフリーです。
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ガク姫大好き。姫乃受け大好き。
十代。視力0.1以下。
三月十四日生まれ。
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